神戸地方裁判所 平成2年(ワ)461号 判決 1992年4月24日
原告
日本国有鉄道清算事業団
右代表者理事長
石月昭二
右訴訟代理人弁護士
原井龍一郎
右訴訟復代理人弁護士
八代勝
同
上田卓哉
右訴訟代理人
北村輝雄
同
三国多喜男
同
福田一身
同
橋本公夫
被告
有限会社石田興運
右代表者取締役
石田幸雄
被告
株式会社石田興運
右代表者代表取締役
石田幸雄
右被告ら訴訟代理人弁護士
宗藤泰而
主文
一 被告らは、原告に対し、
1 別紙土地目録記載の土地を明渡せ。
2 連帯して、金八二四万九六〇〇円及び平成三年四月一日から右明渡ずみまで一か年金二四三万七四〇〇円の割合による各金員を支払え。
二 訴訟費用は、被告らの負担とする。
事実及び理由
以下、「被告有限会社石田興運」を「被告有限会社」と、「被告株式会社石田興運」を「被告株式会社」と、略称する。
第一請求
主文第一項1、2同旨。
第二事案の概要
一争いのない事実
1 原告は、日本国有鉄道清算事業団法(昭和六一年法律第九〇号)に基づく、日本国有鉄道(以下、国鉄という。)の長期債務等の償還及びそのための国鉄資産の処分等を適切に行うこと等を目的とする特殊法人である。
2 別紙土地目録記載の土地(以下、本件土地という。)は、国鉄の所有に属した旧国鉄兵庫駅貨物ヤードの一部であるところ、昭和六二年四月一日を期して行われた所謂国鉄改革により、右土地の所有権も、原告の右目的に即して国鉄から原告に移行され、以後、原告が、右土地の所有者となった。
3 被告らは、貨物運送等を目的とする会社であるが、本件土地を駐車場として使用し、もって右土地を占有している。
4 国鉄は、昭和五九年九月二九日、被告有限会社に対し、本件土地を駐車場として一時使用することを承認(以下、一時使用承認という。)した。しかして、右一時使用承認においては、期間を昭和六〇年二月二八日まで、使用料を金七一万五八〇〇円とされていた。
右一時使用承認が、以後、次のとおり連続して繰り返された。
期間 使用料
昭和六〇年三月一日から同年八月三一日まで
金八七万六七〇〇円
同年九月一日から昭和六一年二月二八日まで
金九二万九八〇〇円
昭和六一年三月一日から同年八月三一日まで
金九四万四五〇〇円
同年九月一日から昭和六二年三月三一日まで
金一〇八万九〇〇〇円
5 国鉄は、前記国鉄改革に先立ち、国鉄から原告に移行するものとされた財産につき、使用承認等の使用関係を昭和六二年三月三一日をもって打ち切ることとし、各使用者に対し、その旨を通知した。
6 国鉄大阪鉄道管理局長は、昭和六二年二月二五日付書面を被告有限会社に送付し、右会杜は、その頃、右書面を受け取った。
7 原告は、被告有限会社に担当者を赴かせ、本件土地明渡の交渉をさせた。
しかし、原告は、右交渉が不調に終わったため、平成元年一二月二一日、被告らに対して個別的に、原告に対し同月末日限り本件土地を明渡すべきことを最終的に催告し、右催告は、同月二二日、被告らに到達したが、被告らは、現在に至るも右土地を明渡さない。
二争点
1 被告らの本件土地の占有権限の有無
被告らの主張
(一)被告有限会社関係
(1) 国鉄と被告有限会社間の一時使用承認に基づく本件土地の使用関係は、賃貸借であった。即ち、本件土地は、最初の一時使用承認がなされた当時、遊休地であって直接公の目的に使用されていたものでなく、国鉄が公法人であったとの理由から、かかる土地の使用関係にまで私法的規律が及ばないとするのは失当である。国鉄内部に右一時使用承認に関する規則があったとしても、それは、国鉄内部の規則であって、これをもって国鉄と第三者間の契約の性質を左右するものでない。本件土地についても、国鉄と被告有限会社間の契約に基づく権利・義務関係を、一般の土地賃貸借のそれと異なる法的規制に服さねばならない実体法上の差異はない。
(2) 被告有限会社の本件使用関係は、右主張のとおり賃貸借であるところ、原告は、昭和六二年三月三一日の期間満了後も、被告有限会社において本件土地の使用を継続していることを知りながら異議を述べなかった。
よって、本件土地に対する本件賃貸借は、前賃貸借と同一条件をもって更新された(民法六一九条一項)。
よって、被告有限会社には、本件土地を占有する権限がある。
(二)被告株式会社関係
被告有限会社は、国鉄と本件土地につき賃貸借契約を締結した後の昭和六一年に、協同陸運株式会社を買収し、その後、商号を被告株式会社に変更したものである。被告株式会社が、現在貨物運送営業を行っており、被告有限会社は、事実上営業を停止している。
したがって、被告株式会社が、現在本件土地を占有して営業しているとしても、被告有限会社との間で営業上の実体の変更はなく、いわば右両会社は同一体であるから、被告株式会社の右土地占有についても、賃貸人である原告に対する背信行為にもならない。よって、被告株式会社にも、本件土地を占有する権限がある。
原告の主張
(一)被告有限会社関係
被告有限会社の主張事実中、右被告会社が現在本件土地を占有していることは認めるが、その余の主張事実及び主張は全て争う。
(1) 国有財産法の国鉄財産に対する直接の適用はなかった。
しかしながら、国鉄が形式的に国と別個の法人格を持つものであっても、その事業運営の実体及び事業の公共性は、国の行政機関と何ら変わるところはなく、その財産は、なお国有財産に準ずる財産であった。
国鉄財産の右性格が、次の使用承認の法的性質に連なる。
(2) 国鉄と被告有限会社間の一時使用承認に基づく本件土地の使用関係は、一般の賃貸借と著しく異なった法的性質を有する。右法的性質は、国鉄における使用承認という制度の趣旨に基づく。
しかして、右制度の趣旨は、国鉄事業用財産を社会経済のために有効に活用すること、即ち、国鉄事業用土地であっても、国鉄において当面その事業を実現する見込みがなく、一方で、当該土地を暫時利用することによって多大な利益を受ける者があるならば、その者に右土地を利用させることが公共の利益に合致することから、右土地を暫定的に貸付けることにあった。
右土地使用関係の右法的性質は、右制度趣旨に由来する。これを一言でいえば、承認を受けた者は、国鉄の業務を妨げない限度においてのみ当該土地の使用権限を有するという内在的制約に外ならない。そして、右内在的制約は、具体的には(a)国鉄に何時業務上の必要性が生じるかも知れないところから、その期間が短期であること(土地建物貸付規則八条)、(b)貸付が国鉄業務の妨げになる場合は直ちに右承認を取消得ること、の二点に集約される。
以上の主張から明らかなとおり、国鉄のする使用承認は、賃貸借契約と現象面において類似するとはいえ、目的物の公共性及び国鉄事業が有する公共性に鑑み、一般私人間の利害関係の調整を図る私法上の賃貸借とは異なった法理によって規律されていた。それ故、敢えて、右使用承認を私法レベルでいえば、準貸付ともいうべき目的物の使用に関する一種の無名契約といい得る。
したがって、当事者間の関係についても、民法の賃貸借に関する規定によることなく、国鉄が定めた「土地建物貸付規則」及び個々の承認書における各条項によって規律されていた。
(3) 仮に、右使用承認に基づく使用法律関係が賃貸借に該当するとしても、民法六一九条一項に基づく「黙示の更新」が、本件一時使用承認に適用されることはあり得ない。その理由は、次のとおりである。
(a) 民法六一九条は、当事者の意思の推定に基礎を置くものであるから、反対の意思(更新しない意思であったこともしくは更新しない意思を表明したこと)が証明されれば、推定は働かない。
(b) 本件最後の一時使用承認(昭和六二年三月三一日満了。以下、最終承認という。)において、右主張にかかる「反対の意思」があった。
それを裏付ける事実は、次のとおりである。
ⅰ 使用承認が「更新」されるということはなく、期間満了時になお使用を継続する場合は新たな使用承認がなされるところ、右最終承認においては、その使用承認書二八条に「当該地は昭和六二年三月三一日限り原状回復のうえ異議なく返還するものとする。」ことが特に明記されていたのであり、同年四月一日以降本件土地につき新たな使用承認が与えられる可能性は、これにより排除されていた。
ⅱ 国鉄は、右期間満了が近づいた同年二月下旬に、被告有限会社に対し、「鉄道用地使用承認の終了について」と題する書面をもって、更に、右使用承認が同年三月三一日限り終了することを告知していた。
ⅲ 被告有限会社代表者は、国鉄から右ⅱの書面を受取り、その記載内容から本件土地の明渡を意味することを了知した。
(4) 以上の主張から明らかなとおり、被告有限会社は、昭和六二年四月一日以降現在に至るまで占有権限を有さずに本件土地を不法に占有している。
(二)被告株式会社関係
被告株式会社の主張は全て争う。
被告株式会社の本件土地占有も、権限のない不法占有である。
2 本件土地の使用料相当損害金の存否及び存在する場合の金額
第三争点に対する判断
一被告らの本件土地に対する占有権限の有無
1 被告有限会社関係
(一) 本件一時使用承認に基づく本件土地使用の法的性質
(1) 国鉄は、その設立の目的、経緯からして、法により資金面・人事面等組織運営上の各方面において公法的規制を受け〔日本国有鉄道法一・二条、五条、一四条以下、一九条、三九条の八以下、五〇条、五二条、六〇条ないし六三条等。(なお、日本国有鉄道法は、日本国有鉄道改革法附則二項により昭和六二年四月一日に廃止された。したがって、右及び以下に引用する日本国有鉄道法の法条項は、昭和六二年三月三一日現在のものである。)〕、単なる私法人とは異なった公法的側面を有していたことは否定できないものの国鉄の業務自体(同法三条)は、公権力の行使ではなく、私人の行う事業経営・財産管理と本質的差異はなかったというべきである。
そして、法律生活の安定・画一のため、同様の性質の法律関係は同様の法的規律に服せしめるのが妥当との見地からすれば、国鉄が公共の福祉という行政目的を持つが故に実定法上特殊な法的規制をしている場合を除き、国鉄の業務には、本来私法法規が適用されるのが原則であり、したがって、国鉄の業務に関し、第三者との間に生じた法律関係にも、右原則の適用があったと解するのが相当である。
(2) そこで、国鉄財産の管理処分に関する実定法の規定をみるに、
日本国有鉄道法自体には、財産処分の制限に関する規定(同法四五条)・貸付契約の解除に関する規定(同法四六条)が存在するのみで、他に特別の規定は存しなかった。しかして、右四六条は、国有財産法二四条の普通財産の貸付契約の解除の規定に相当する規定と解されるところ、国有財産法においても、普通財産については行政財産にみられるような規制〔同法においては、許可を受けてする行政財産の使用または収益につき借地法・借家法の規定を適用しないと明示(同法一八条五項)されている。〕はない。ただ、同法は、普通財産の貸付期間についての規定(同法二一条)を設け、土地の貸付期間について借地法二条の例外を定めているが、日本国有鉄道法には、かかる規定すら存在していなかった。したがって、同法四六条が存在することから、同法が国鉄のなす土地貸付について借地法、ひいては民法の賃貸借に関する規定を排除する趣旨と解すべき理由もない。
右認定説示からすると、国鉄財産の貸付に関しては、日本国有鉄道法四五条・四六条に定める限度において特別の取扱を認めれば十分であったと解するのが相当であり、それ以上に国有財産法の規定を類推して、借地法、ひいては民法の賃貸借に関する規定の適用を排除すべき実定法上の根拠はない。
(3) 右説示に基づくと、本件一時使用承認に基づく本件土地使用についても、前記説示の原則が適用され、右土地使用の法律関係は、民法における賃貸借関係と認めるのが相当である。
原告は、本件一時使用承認が「日本国有鉄道土地建物貸付規則」に基づくところから、右貸付規則をもって右説示にかかる例外の場合であるかの如く主張している。しかしながら、右土地建物貸付規則は、国鉄の内部規則に過ぎなかったから、これをもって本件一時使用承認に基づく本件土地使用の法的性質を変えるものではないというべきである。
本件において、他に、右結論を左右するに足りる事由の主張・立証はない。
(二)本件における民法六一九条一項の適用の有無
(1) 本件一時使用承認に基づく本件土地使用の法律関係が民法における賃貸借であることは、前記認定説示のとおりであるから、本件に民法六一九条一項の適用もあるというべきである。
よって、被告有限会社のこの点に関する主張は、その限りで理由がある。
右認定説示に反する原告の主張は、当裁判所の採るところではない。
(2) 被告有限会社は右法条項所定の事実を主張し、右主張にそう証拠として、原告近畿支社長の被告有限会社宛平成元年一一月八日付書面(乙二の1)、被告有限会社代表者の供述がある。
しかしながら、右各証拠によって右主張事実(右法条項所定の推定の前提事実)が肯認し得たとしても、被告有限会社主張の右法条項所定の効果(黙示の更新)は、これを肯認できない。
その理由は、次のとおりである。
民法六一九条一項に関し、契約の当時のみならずその期間終了の際において、当事者に契約更新の意思がないときは、たとえその期間終了後賃借人が賃借物の使用を継続し賃貸人がこれに異議を述べなかったとしても、右法条項所定の効果(黙示の更新)は生じないと解するのが相当である。蓋し、右法条項の効果は、当事者の意思の推定に基礎を置くものだからである。
しかして、証拠(<書証番号略>)によれば、
(a) 昭和六一年八月一三日付本件一時使用承認書(最終承認書。<書証番号略>)には、その二八条に、返還と題して当該土地は昭和六二年三月三一日限り原状回復のうえ異議なく返還するものとすると明記されている。
(なお、被告有限会社が右一時使用承認に基づき本件土地を使用したことは、当事者間に争いがない。)
(b) 国鉄大阪鉄道管理局長は、昭和六二年二月二五日付被告有限会社宛「鉄道用地使用承認の終了について」と題する書面(<書証番号略>)により、本件一時使用承認が昭和六二年三月三一日付で終了する旨告知している。
(なお、被告有限会社がその頃右書面を受領したことも、当事者間に争いがない。)
以上の各事実が認められ、認定各事実に基づけば、本件においては、国鉄と被告有限会社間において、本件土地の一時使用承認は昭和六二年三月三一日限りで終了させ、以後の使用承認はしない旨明確にされていたものであり、したがって、本件においては、少なくとも、本件一時使用承認の期間終了に際し、当事者(原告)に本件一時使用承認につき更新の意思はなかったというべきである。
しからば、右説示にしたがい、本件においては、右法条項所定の効果、即ち黙示の更新の効果は発生していないというべきである。
(3) 右認定説示に基づくと、被告有限会社の前記主張は理由がないことに帰し、被告有限会社における昭和六二年四月一日から現在までの本件土地に対する占有権限は、これを肯認できないというべきである。
よって、被告有限会社の主張は、採用できない。
2 被告株式会社関係
被告株式会社は、右会社と被告有限会社が営業的に同一体である、したがって、被告株式会社が本件土地を占有していても不法占有(原告に対する背信行為)ではない旨主張する。
しかしながら、仮に右被告両会社が営業的に同一体であったとしても、被告有限会社の本件土地に対する占有権限が認められないことは前記認定説示のとおりであって、被告有限会社に右占有権限が肯認されない以上、これと同一体という被告株式会社に右占有権限が肯認できないことは自明である。
よって、被告株式会社の右主張も、理由がなく採用できない。
二本件土地の使用料相当損害金の存否及び存在する場合の金額
1 本件土地の使用料相当損害金の存否
(一) 被告らが昭和六二年四月一日から現在まで本件土地を占有していることは、当事者間に争いがなく、右被告らの右共同占有が権限のない不法占有であることは、前記認定のとおりである。
しかして、証拠(証人草刈)によれば、原告が被告らの右共同占有によって本件土地の使用収益を妨げられていることが認められる。
(二) 右認定各事実を総合すると、原告は、被告らに対し、連帯して本件土地使用料相当損害金の支払いを求める権利を有するというべきである。
2 本件使用料相当損害金の金額
証拠(<書証番号略>)によれば、次の各事実が認められる。
各年度における使用料相当損害金
(一) 昭和六二年四月一日から昭和六三年三月三一日まで
金一八七万四九〇〇円
(二)昭和六三年四月一日から平成元年三月三一日まで
金二〇六万二四〇〇円
(三)平成元年四月一日から平成二年三月三一日まで
金二〇六万二四〇〇円
(四)平成二年四月一日から平成三年三月三一日まで
金二二四万九九〇〇円
合計 金八二四万九六〇〇円
(五)平成三年四月一日以降
金二四三万七四〇〇円
第四結論
以上の全認定説示を総合すると、原告は、被告らに対し、本件土地所有権に基づく右土地の明渡し、連帯して本件土地使用料相当損害金合計八二四万九六〇〇円及び平成三年四月一日から右明渡ずみまで一か年金二四三万七四〇〇円の割合による右使用料相当損害金の支払いを求める権利を有するというべきである。
よって、原告の本訴請求は、全て理由がある。
なお、本件仮執行宣言の申立は、本件事案に即して相当でないから、これを却下する。
(裁判官鳥飼英助)
別紙土地目録<省略>